↓CASIO PB-100 液晶が1行文しかない.この1行で何十行ものプログラムをちまちま編集するのである.
一般的なパソコンを購入したのは大学入学後と書いたが、高校生の時にあるパソコンに一目惚れした。これは欲しいと喉がから手が出るほど気に入ったのである。今でも開催されているか知らないが、当時ベスト電器が薬院の九電記念体育館で開催していた即売会に行った時に目にしたAppleIIcである。
国産のNECや富士通のパソコンは、それこそ小学生の頃から電気屋でいじり倒してきたいたが、このデザインにやられてしまったのだ。今見ても美しいインダストリアルデザインで本体だけだとノートパソコンを思わせる作り。当時外付けフロッピーが主流の中、キーボードの下に備わったドライブなど、箱型パソコンを思わせないデザイン。ドイツのフロッグデザイン社のデザインである。
そうそう、このコンピュータのメーカーはアップルコンピュータというらしかった。林檎コンピュータ?と当時の私は聞いたこともなかったコンピュータメーカーであった。ちなみに展示をしていたのは当時の日本代理店であったキヤノン販売である。素性がわかれば話は早い、早速情報収集である。今もあるかどうか知らないが、北天神の交差点横のビル(現システムソフトの向かい側.そういえばシネテリエ北天神もなくなったなぁ)にあったキヤノン販売のオフィスへカタログを貰いに行き、書店でそれらしい本を漁り、appleIIcやアップルコンピュータ、そしてベンチャー企業として会社を起こしたジョブズとウォズニアクのアメリカンドリームの物語にどっぷりはまったのである。
その後,アップルはカラーが表示できるAppleII GSを販売し,IIcは旧機種となってしまう.そうこうして私が高校生活を送っている間にアップルは,いわゆるMac,Macintoshへ主軸を移し,ホビーパソコンの延長であったAppleIIシリーズはGSをもってシリーズは打ち止めとなる.MacはIBMのDOSパソコンがコマンドを打たないと何も操作できないなか,ウィンドウ表示とマウス操作でPCを操るという,いわゆる今でこそ当たり前のGUIのインタフェースをひっさげ,それこそ今のiPhone,iPadのタッチスクリーンインタフェースのようにコマンド操作全盛のIBM-PCが主流のパソコン業界へ異端児として殴り込んでいる最中であった.
そんな面白い話にはまった私が,情報系の学科を進学先に選ぶのも,大学入学後,自分用のコンピュータとして最初に買うコンピュータをMacintoshにするのにも難しい理由はいらなかった.すべてが気に入ったからである.もちろん,デザインはAppleIIcをデザインしたフロッグデザイン社のデザインしたMacintoshである.
ある意味,冷やかしで出かけたベスト電器の即売会でAppleIIcを目にしなかったら,今の私はなかったろうし,こうして,こんなブログを書いていることもなかったはずである.それを思うと,人生は面白い.
ちなみに上は当時日本でも発売されていたエプソンのワードバンク.AppleIIcに非常に似たデザインであるが,これはワープロ専用機で,パソコンではなかった.デザイン的には今でもイケテルと思う.
by okkun
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